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私は学生時代からスポーツをしており、精神的にも弱い方ではないと自分では思ってました。私の周りには何人かはそういった病院で苦しんでいる人がいる事もいましたが、まさか自分がその病気になるとは思ってもいませんでした。

そんな私がどういった経緯で病気になり、回復するまでの経験をお話しし少しでも同じ様に苦しんでいる人のお役に立てたらと思います。

〈プロフィール情報〉

【ペンネーム】T・Yさん

【年齢(性別)】42歳(男)

【発症年齢】35歳

【治療期間】約3年

【出身】奈良県

【職業】会社員

1)『うつ病』とは何?当時の状況と病気の原因

【1】当時の私の生活スタイル

発症当時、私は新卒で入社した企業で約10年間営業の仕事をしており、独身でしたが、今の妻と交際しておりました。仕事は会社員として企業で働いており、7時30分頃に出社し、帰宅が22時から23時という毎日で土日も会社は休日でしたが、個人的に出社するという生活を送っておりました。

休日は趣味のジョギング、サッカーなどをこれまではやっておりましたが、なかなか趣味の時間も取れなくなってきました。

社内の雰囲気も良くなく、今思えばとても息苦しい環境だったと思います。その頃から自分の将来に対する不安、この会社、この業界でこのまま仕事を続ける事に対しての疑問がでてきたり、悩んでおりました。

そうは思うものの日々の仕事は減らず、生活リズムも変わることなく、自分自身が几帳面な性格というのもあり、今まで通り仕事に対しては取り組んでおりました。

【2】熟睡ができない日々

そのような日々を送っていくうちに夜も熟睡できず、夜中に2~3回は目が覚めるという症状が出始め、それが3~4か月は続いていたとは思いますが、そのうちにそれまで受診したことが無かった心療内科を受診しました。

先生にも今の会社、自分の症状を伝え、抗うつ薬を処方してもらい、先生は『うつ病』の診断書を作成するとおっしゃってくれましたが、会社を休むことは他の人に迷惑がかかると思い、今まで通り出社しておりました。

今、思えばこの時に休む勇気を持っていれば少しは症状を悪化せずに済んだのかもしれません。この状況になるまでの要因として、仕事を取り巻く環境もあるとは思いますが、決してそれだけではなく、自分自身の性格・考え方もあるのではと振り返ってみると思っています。

2)どのような症状が現れた?症状はどのように進行していったか?

そのような日々を送っていくうちに夜も熟睡できず、夜中に2~3回は目が覚めるという症状が出始め、それが3~4か月は続いていたとは思いますが、そのうちにそれまで受診したことが無かった心療内科を受診しました。

先生にも今の会社、自分の症状を伝え、抗うつ薬を処方してもらい治療がはじまりました。先生は『うつ病』の診断書を作成するとおっしゃってくれましたが、会社を休むことは他の人に迷惑がかかると思い、今まで通り出社しておりました。

ところが、初診から1か2か月ほど経過した平日の朝に起床した際に体が動かないという症状がでてしまい、とうとう欠勤となり、その日に上司が家にきて初めて状況を知ることになりました。うつ病になると朝、体が動かず布団からでれないとは聞いたことがありましたが、まさにその症状で、今でもあの記憶は鮮明に残っています。

その時の自分の状態としては『何もする気がない』、『自分で自分を責める』、『誰とも会いたくない』などが主な症状で、思考回路が止まっているような感覚だったと思います。

医療イメージ

3)先生と行った治療と自宅&職場での日々

【1】先生からの具体的なアドバイス

通院していたクリニックでは2週間に1回くらいの頻度で訪問し、先生との面談で、その時の自分が思っている事や、心理状態を伝え、薬を処方してもらうのを繰り返していました。

その中で先生に言われた事が「規則正しい生活を送ること」と、「自分がやりたいと思う事だけをやりなさい」という事でした。

始めは何もする気が起らず、一人暮らしの部屋にこもっていたと思いますが、実家に戻りそれからは毎朝なるべく同じ時間に起きて、散歩するようにしました。もともと休みの日も外に出るのが好きだった、先生が言われた規則正しい生活を送ることと朝日を浴びる事が自分が当時、やりたいと思った事と重なり、散歩を始めました。

【2】山へのハイキング

それからは1か月に2回ほどのペースで近くの山にハイキングに父親と出かけ、そこで母親が作ってくれた弁当を食べるというのが気持ちよく感じられるようになりました。たわいもない話をし、自然の中でご飯を食べて帰ってくる。その行動が自分にはとても新鮮で心地よいものでした。

【3】徐々に自分がリラックスできる環境作りを

幸いな事に私の症状としては軽度な方だと自分では思ってますが、休職して2か月ほど経ってからは毎朝の散歩と月2回のハイキングの他には、趣味のサッカーに顔を出すようになりました。

元々、チームに所属していましたが、病気を発症直後は人と会うことが嫌だった為、家族と会うだけでしたが、徐々に自分の中でもやりたいと思う事が増えてきて、そうする事が自分がリラックスできる環境だと思ったので、自分の気持ちに委ねる形で行動するようにしました。

【4】会社が復職プログラムをサポート

会社の方とはまずはメールから連絡をするようになり、私が会っても大丈夫と思えた時に社外で面談し、近況報告するというのを3~4回行った後、復職までの道のりという事でまずは、電車で会社の最寄駅まで行き、そこで会社へ報告の電話を入れる。

それを数回行った後、次はそこから会社の近くまで歩き、着いたら同じく会社へ報告の電話を入れる。その次は会社の総務部へ出社。そこで特に仕事をするわけでなく、自分が好きなことをするとういうプログラムに取り組みました。

会社の方と社外で面談してから、総務部へ出社するプログラムは休職してから4か月たった頃から初めて7か月経って正式に復職するに至りました。後から聞いた話ではそういった精神疾患で休職した社員の復職プログラムとして会社が取り組んだ初めての社員だったようです。もちろんその間にクリニックもにも通院し先生と相談した上での結論です。

新緑とナース

4)うつとの闘病生活を経て感じていること

【1】発症から7年が経過した今

私がうつ病と診断されてから7年が経ちましたが、現状は通院することなく、抗うつ薬も処方することもなく、発症する前と何ら変わらない生活を送る日々まで回復しました。

診断されてから復職するまでは7か月ほどでしたが、その後も通院、抗うつ薬の処方は続き、今ようやくこうして普通の状態まで回復してはいますが、やはり心の病ですので、今、この時点で完治しましたというような区切りをつけるような病気ではないと思っています。

現に私も復職後すぐと、今とでは心のあり方が変わったというか、やっと元に戻ってきた状態かなと感じています。

【2】自分で自分をコントロールできる状態に

例えば、『自分で自分を責める』『周りの目がやたらと気になる』『誰とも会いたくない』などの感情です。日々、生活する中で上記の感情が湧くことは普通にあることだとは思いますが、その都度、それまでだと折れてしまっていた心を踏みとどまって残るというか自分で乗り越えることによって気持ちが回復してくるのだと感じてます。

それは時間と共にそういう事を何回も繰り返して回復していくものだと。自分では考えもしなかった『うつ病』になって改めて感じたのは、決して気持ちが弱いからなるのではないという事です。

【3】思い切って周りを頼ってみる勇気

何事にも真面目で、几帳面で手を抜けない、頑張りすぎる人が心のパンク寸前の状態を自分一人で抱えこんでしまって、パンクしてしまうのだと思います。自分最優先でもっと手を抜いて、周りに話したり、甘えたり、感情を何らかの形で自分の外に出すように自分を大切にするように日々、心がけて下さい。

病気の時は自分は一人だと思ってしまいがちですが、決してそんな事はないはずです。周りには多くの支えてくれる方々がいるはずです。勇気をもって周りを頼って下さい。1人でも多く、この記事が心の病に悩んでおられる方に読まれ、少しでもお役に立てたのであれば幸いです。

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