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私は現在46歳の女性です。18歳の時から33歳まで摂食障害に苦しみました。発症から15年後に摂食障害から立ち直り、その後10年以上発症していません。もう二度と食べたものを吐く過去には戻らないと思います。

現在摂食障害で苦しんでいる人たちも、吐かなくてもいい、普通に食事や生活を楽しめる日々へ進めるように、という希望の道筋になることができたら幸いです。

<プロフィール情報>

【ペンネーム】うるる

【年齢(性別)】女

【発症年齢】18歳

【出身】大分県

【職業】店舗経営

1)「摂食障害」とは? 

日本人女性の150人に1人はいると言われる摂食障害。痩せたい、という願望やダイエットがきっかけで発症することが多いですが、その奥には根深い思いがあります。

【1】病気のきっかけ

当時164cmで53kgだった私は、友人から言われた「ちょっと太った?」という言葉がとても悔しくて、体形が気になって仕方なくなりました。「痩せれば人生のすべてがうまくいくのではないか」という思い込みから摂食障害を発症しました。

そのころの私は自分の理想像が強く、周りからも褒められる優等生タイプで、自分自身も「いい子」であり続けねばならない、という強いプレッシャーを感じる一方、極端に自己価値が低い面もあり、心の成長がアンバランスでした。たくさん食べてから吐くという「リセット感覚」がだんだん心地よくなり、過食嘔吐の沼にはまりました。

【2】病気当時の生活状況

摂食障害は、いわゆる「いい子」を保っている人が多いです。親や先生に認められたいという願望が強い人、人の期待にこたえたい人、人の役に立ちたい人、などが発症しやすいと言われます。

音大に通っていた私は成績も上位だったため、1日中ピアノの練習をする中で「常に成績を上位に保っておかねばならない」というプレッシャーの中で過ごしていました。毎回試験のたびに成績は保てていましたが、摂食障害はどんどんひどくなるばかりでした。

食事をしてもすぐに吐いていたので、自宅で食事をすると親に気づかれてしまうと思い、自宅では食事をしませんでした。

家族に隠れて食べたものをこっそり吐く人は多いです。私は家にはほとんど居なかったため、初期段階で親は私の摂食障害の状況を知ることはありませんでした。大学を卒業後すぐに結婚したため、親が気づいたのはずっと後でした。

【4】摂食障害を発症する人の特徴

完璧主義で思い込みが強く、不安・心配性な性格の人が摂食障害にかかりやすいと言われます。私自身もその通りでした。芸能人でも摂食障害をカミングアウトしている人は多いです。スケーターの鈴木明子さんもそのうちの1人です。彼女もとても努力家でストイックです。

聴診器とノート

2)摂食障害発症中の思考?どんな考え方に?

【1】痩せればすべてが完璧になると思い込んでいた

自分の人生、特に恋愛がうまくいかないのは太っているからだ、痩せればすべてがうまくいく、と思い込んでいました。

【2】「○○になったらどうしよう」という起こってもいない不安がたくさんあった

眠る前は「明日痩せてなかったらどうしよう」という不安でいっぱいでした。

【3】愛されたい願望が強い

外向きの自分が強く、好きな人や友達から「痩せて綺麗になったね」と言われたい一心でした。

【4】他人の目ばかりが気になる

摂食障害に陥っている時は、自分に軸がありません。いつも周りの行動が気になるため「人からどう思われているか」を気にして人生を過ごしている人が多いです。

3)摂食障害の症状の進み方とは?私の症状について

「誰も自分のことをわかってくれない」という気持ちが強く、過食と嘔吐を繰り返す日々でした。お腹がはちきれそうになるくらい白米ばかりを食べ、その後嘔吐して後悔する、ということの繰り返しの日々でした。

「少し楽になりたい、休みたい」と思っても、「休む自分はダメだ」と責める自分が居て、本当に心の中が苦しい状態でした。そのストレスからまた過食嘔吐をする、というループにはまっていました。

【1】過食嘔吐を繰り返す

過食で食べるときは一心不乱、吐いた後は常に頭がぼんやりとしている状況でした。過食嘔吐は、結局食べたものは吐いてしまうため、栄養を摂ることは出来ません。どんどん痩せていくと、体の冷えがひどくなって来ました。

【2】生理が止まる

体温が下がり、体重が40~41kgを前後し、生理が4年止まりました。

【3】鬱傾向が進む

夜は悲しい気持ちで泣くことも多く、鬱の症状が長く続きました。 「痩せて綺麗になりたい」という目的から始まっても、結局過食嘔吐はだんだん心地よくなっていきます。吐くことで変な達成感を味わう感覚になり、嘔吐はどんどんエスカレートしていきました。

嘔吐という行動は、脳内からドーパミンがどんどん発生され、中毒性もあります。これが過食嘔吐を抜けにくくなる原因でもあります。

病院のデスク

4)治療方法は?発症から10年経ち病院へ

私の場合、摂食障害中に出産がはさまったので、摂食障害の鬱をマタニティーブルーや産後鬱と思っていて、病院へ行くのが遅れてしまいました。

摂食障害のまま10年以上経過し体重が40kgを切ったあたりから、だんだんと日常生活を送れなくなり、心療内科を受診しました。心療内科では検査は特に行われず、1時間のカウンセリングを毎週受けていました。

【1】病院の選び方

医師との相性も重要なポイントだと思います。鬱の状態の時に押し付け型の医師が担当になると、相互コントロールに入り依存したくなってしまいます。

カウンセリングに力を入れており、摂食障害の人が多く通うと言われる病院を選びました。私が通った病院は、プライバシーにとても配慮された病院だったので、患者同士で接触することはない病院でした。この点も安心して通えました。

【2】病院での治療内容

主な治療内容はカウンセリングです。1時間たっぷり時間を取ってカウンセリングを受けていました。私自身はネグレクトの家で育ちましたが、先生とのカウンセリングの中で、幼少期まで記憶をさかのぼり、感情の再体現をしていくという治療でした。たくさん出てくる「あの時こうしてほしかった」という親への思いを自分で認めながら解放していく、というカウンセリングでした。

摂食障害を発症する人は、親子の関係に問題がある人が多いのが事実です。極端に過保護の家で育つか、ネグレクトの家で育つか、どちらも発症する可能性が高くなるそうです。どちらも「親に愛されたかった」という思いが根底にあります。

【3】カウンセリングでの心の緩和

カウンセリングでは、自分の中の記憶を新たに作り変えていく作業をしていきながら、同時に体重が増えていくことへの不安や罪悪感を和らげていく作業をしました。

摂食障害の人は、体重がだんだん減っていくという「数字」で評価される感覚にこだわりを持つので、その逆はあってはならないことなのです。まずその間違った考えを、否定ではなく和らげていくことからスタートして、だんだんと不安ではなく食への楽しみや希望にフォーカスできるように導いてくれました。

5)3年通院した心療内科

【1】治療中の生活で特に大変だったこと

治療が進むと、だんだんと普通の生活に戻りたいという気持ちも現れてくるため、お腹がすいて食べた後に吐くのをどうしようか迷い始めます。私自身も「吐きたいけど治りたい」という時期の葛藤が一番きつかったです。

【2】「もっと人に頼っても良かったのだ」という気づき

摂食障害になる人は、自己価値の低さゆえ、「自分の悩みなど聞いてもらえない、自分が助けてといっても助けてもらえない」という思い込みから、自分が困っていても人に相談することをやめてしまう人が多いです。

私自身、摂食障害のさなかに結婚・出産を体験しました。しかし両親はおろか、主人にもなかなか相談しなかったので、もっと主人に早く相談しておけばよかったなと思います。

【3】治療・予後期間中に注意すべきこと

精神的にきつい思いをしている人はアルコールに逃げがちですが、アルコールは避けた方が良いです。摂食障害の治療中、アルコールが入るとすべてが振り出しに戻るような感覚がありました。治療中はお酒を飲むことはやめましょう。

摂食障害だけでも気持ちをコントロールするのが難しいのですが、アルコールはどうしても人の気持ちを麻痺させます。決断力も落ちるため、アルコールは出来るだけ避けた方が良いと感じます。

私も、何度か治療中に飲み会に参加して、いつも以上に飲み過ぎたりはしゃぎすぎたりして、翌日余計に気持ちが重くなることがありました。

【4】完治までの主人の支えとサポート

結婚してからの通院でしたので、主人も何度か付き添いでカウンセリングに参加してくれました。そのため、私に対しては常に「待つ」というサポートをしてくれたように感じます。主人からは「はやく良くなれ、我慢しろ」というような責める言葉は、全く言われませんでした。

摂食障害は、周囲に協力者が居るか居ないかで完治への道は大きく違います。自分だけで摂食障害を治すことはとても困難です。その力があれば、そもそも摂食障害には陥らないのです。私が摂食障害を完治することが出来たのは、カウンセリング力にたけた医師と、主人の協力があったからだと思います。

家のリビング

6)摂食障害治療中の生活習慣で大切なこと

心療内科でよく言われた言葉は「栄養と睡眠」でした。このどちらかが欠けても、完治することは難しいのです。

【1】食生活

摂食障害の人にとって、1日3食の食事をするという行為は大きな罪に感じます。しかし徐々に1日3食の食事に切り替えていかねばならないのです。その習慣がつくまで3年かかりました。

【2】睡眠

摂食障害の人、とくに過食嘔吐を繰り返す人は、脳からドーパミンが出ているため興奮状態でなかなか夜は眠れません。もしくは極限まで悪化すると寝てばかりの生活になります。睡眠のコントロールは精神安定には1番の大きなカギになります。

朝日を浴びて体内時計を目覚めさせ、夜11時に寝る暮らしをするようにアドバイスされました。私の場合は、「眠る30分前に飲むように」と睡眠導入剤を処方されていました。

【3】入浴

シャワーで済ませる人も多いと思いますが、リラックス効果を高めるためと、入浴後に質の良い睡眠を得るために、必ずお湯につかるように言われました。

【4】軽い運動

毎朝1日30分の散歩をするようにとアドバイスされました。朝の散歩が良いと言われるわけは、散歩だけでなく朝日を浴びることで、網膜から脳へと刺激が入るためです。ウォーキングは単純なリズムが刻まれるため、幸福を感じるセロトニン神経を活性化させる重要な因子となるのです。

7)15年間の闘病生活を経て、今感じていること

【1】完治までにかかった治療費とは?

心療内科に通院する際、一般の病院の代金との違いもわからなかったため、どれくらいかかるのかなあ?と不安でした。周りに通院患者さんが居る場合は聞くことが出来ますが、そうでない場合も多いと思います。

私の場合は、睡眠導入剤の投薬とカウンセリングでしたので、初心は1回3,000円程度、2回目以降は2,000円前後でした。

精神科の受診は、自立支援医療制度を利用すると、1か月あたりの自己負担額の上限がありますが、1割負担で受診することが出来ます。自立支援医療制度は、病院で相談してお住いの福祉課窓口に申請する必要があります。私は途中から自立支援医療費制度を利用したので、治療費自体は7万円ほどでした。

【2】発症〜完治してから現在までの状況

完璧主義だった一面が徐々に解放され、年々生きるのが楽になっています。18歳のころは、自分がこんな風に幸せな気持ちになるとは想像していませんでした。

摂食障害を発症してから28年、発症して15年は苦しみました。完治してからは1度も再発していません。現在は1日3食普通に食事をすることや、おやつやお茶の時間も普通に楽しめています。私自身から、罪悪感が大きく手放された感覚です。

ハートマークと医療イメージ

【3】渦中の苦しい思い

完璧主義で、理想が高かった私は、いつも自分に叱咤激励していたように思います。「痩せれば人生がうまくいくようになる」というのは、「痩せなければ愛されるはずがない」という、怖い自分からの叱責でした。

自分に厳しいということは、とても苦しいことです。解放・ヒーリングを十分に自分に与えてあげる必要があったと思います。

【4】摂食障害の改善・治療に励んでいる方へ

摂食障害はとても苦しい病気です。逃げや甘えから来ているのではありません。むしろ逆で、自分にとても厳しくしてきたからなのです。少し立ち止まって休んでみて下さい。自分に鞭を打って頑張らせることよりも、自分がいつも平和でいられる選択をしていくようにしてください。

人から嫌われたらどうしよう、ということから選択するのではなく、自分が心地よい方を選べるようになりましょう。

8)摂食障害は必ず完治できます

【1】まずは「自分を受け入れる訓練を」

摂食障害で悩まれていて、改善したい、と思えるようになったら、もう半分以上自分を救っています。自分の良いところ、悪いところをノートに書きだしてみて下さい。そしてそのどちらも、自分で受け入れていくようにすると、悪いところを見るのはつらいことかもしれません。

でも、良いところも悪いところも自分の一部です。切り離して考えるのではなく、まずは自分を受け入れてみる訓練をしていってください。摂食障害の改善は、大きくは「自分軸で生きる」ことにあります。人の意見に左右されるのではなく、自分がどうしたいか、を考えていくようにしてみましょう。

「もっと楽しいことをしてみたい」と思えるようになれば、ほぼ治療は終盤です。望み通りに楽しんでみましょう。

【2】摂食障害の完治は自己受容がカギ

摂食障害から立ち直るには、自己否定の概念を大きく変容させる必要があります。

(1)完璧主義をやめる

(2)ありのままの自分を認めて愛する

(3)治療中はアルコールをやめる

(4)栄養と睡眠の確保

痩せたくても、吐き続けるのはやっぱり苦しいです。美味しいものは美味しく食べたい、これは人の本能的部分です。自分が楽に生きることが出来るように、自分のことをたくさん認めて縛りを解放していってください。

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