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「脳出血」は、命に関わる病気としては、ある意味メジャーです。ただ名前だけが有名で、治療や後遺症については、あまり知られていないのでは?と感じています。私の体験談でこの病気について、少しでも知っていただければと思います。

<プロフィール>

【ペンネーム】カモメジロー

【発症年齢】47歳(男)

【出身】愛知県

【職業】自営業

1)脳出血とはなに?原因とは?

【1】脳出血「脳細胞へのダメージ」

生きていれば、ちょっとした傷を負うことはたまにありますよね。その時出血したら、血は肌の表面を流れていきます。多量の出血なら別ですが、少量であれば出血そのものが体にダメージを与えることはありません。

それよりも血液による汚れや、傷口からの菌などの侵入に注意を払うでしょう。しかし、体内で起きた出血は違います。体内での出血は体に様々な影響を及ぼします。脳出血の場合には、脳細胞自身や神経細胞にダメージを与えてしまうのです。

出血した血液が、自分自身に対する害となってしまいます。そして、脳は体にとって司令塔の役割を担っています。また、脳自体が極めて複雑な機構を有しており、脳全体が連携を持っているのです。

大雑把に機能を分担しているため、出血の箇所により大体の症状や後遺症は予測できますが、個々の患者でのバラツキも当然あります。

【2】原因は高血圧だった?

私は職場の健康診断の度に高血圧を指摘されてはいましたが、所謂「要治療」ではなかったのでそのまま放置していました。

発症時の血圧は、上が「160」程度でした。主治医の先生や看護師さんのからも、血圧の話が多かったので高血圧が原因と思っていました。しかし退院時の診断書には原因は記されず、他の書類の原因の項目では「不明」です。

どうやら、私の場合高血圧が疑わしいが、断定できる程ではなかったと思われます。脳出血は色々な要因が絡むため、「これ」と決めるのは難しい様です。

【3】高血圧でなければ脳細胞にはならない?

外傷性の場合は別として、それ以外、高血圧以外では脳出血ならないのでは?と思っている人がいるかもしれません。それは間違いです。

非高血圧性の脳出血もあり、「高血圧じゃないから脳出血にはならない」とはなりません。無論、高血圧は脳出血のリスクを上げるので、注意は必要です。私の場合は、高血圧以外にも当時心理的に相当なストレスを抱えていて、それらが複合的に作用したのでは、と自分なりに考えています。

PCを確認している看護師

2)当時の生活習慣と当日のドキュメント

【1】食生活と体型と健康状態

私はラーメン大好きです。若い頃は週三とかで外食していましたが、発症当時は月二、三に減っていました。野菜もサラダとして以前よりはたべていましたが、必要摂取量には大きく足りていなかったと思います。

要約すると、「食生活は少しずつ改善されつつあったが、まだまだ足りない」状況です。お腹は健診での診察ではメタボリックではありませんでしたが、ポッコリ感は隠しようがありませんでした。血圧は、上記の様に高い傾向を放置状態です。ただ、脳出血前までは特に健康不安はなしでしたね。

【2】ドキュメント「3月某日」

当日は所用で有給が決まっており、朝ゆっくり起きようと思ってましたが、どうしても出さなければならない書類が発覚。仕方がないので、早朝上司に届けに行くことにしました。

上司は始業前に来ているので、その時間に行った訳ですが、その時点で体に異変が発生。右手に持っていた書類を、ドアを開けるため左手に持ち変えたところ、書類がポロリ。「?」と思いながらも、書類を拾いまた左手で持とうとしたら、再びポロリ。

頭の中も再び「?」。でもその時はそれ以上の異常はなく、書類を渡して家に帰りました(自転車でしたが、問題はありませんでした)帰宅し、お茶でも飲んでくつろごうとしたところ、上手く歩けずにへたりこんでしまう自分。

その様子を家族が見て119番に連絡、多分10分後くらいに救急車が来たと思います。この辺りから記憶が曖昧、以下箇条書きです。

・一応自分で歩いて救急車に乗る。

・救急車でいくつかの質問と血圧測定。

・4~5分後に出発。

・救急車では「広いな~」との感想をもつ

・病院到着、医師の問診と多分CT検査らしい(記憶なし)

検査後に入院を告げられ、病室にストレッチャーで移動している頃からは、記憶がいく分はっきりしています。記憶が曖昧、まったく記憶なしもありますが、意識を失った訳ではありません。受け答えも普通にしていたそうで、こんなことからも、脳のダメージが窺い知れます。

3)病院での治療とリハビリ

【1】治療

高血圧が原因と断定できないものの、血圧が高いのは再度の出血のリスクを伴います。それを防ぐために降圧剤を点滴で注入していました。また、数日間は絶食のため、栄養も点滴されます。それ以外には血圧計と心電図、酸素濃度を計る機械もありました。

出血量はそれほど多くなく、手術ななし。と言っても少なくはないので、絶対安静の一つ下程度の安静度だったと思います。ベッドからおりるのは絶対駄目だが、ベッドの角度をある程度変えたり(確か30゜まで)、テレビのリモコンを操作するのはOKでした。

2~3日で看護師付き添いならベッドからおりてポータブルトイレの使用可になり、入院一週間で降圧剤も点滴から錠剤に。血圧のコントロールと、安静を保つのが治療だったと言えます。

【2】入院中のリハビリ

意外でしたが、リハビリはまだベッドからおりられない段階から始まります。と言っても流石に運動とかではなく、一番最初は水をほんの少しだけ口に含ませて、飲み込む状態を療法士の方が観察することでした。

結果「嚥下障害」が見つかり、飲食に大きな制限が設けられることに。入院中のリハビリ初期は言語療法による、発声の訓練。大部屋(4人部屋)に移り、病室内での自由が認められると、作業療法での歯磨きや洗顔などの日常動作の訓練も追加。

回復に従い、理学療法での歩行訓練や、階段の昇り降りも行いました。更に回復すると、リハビリ専門の病棟まで自分で移動してのリハビリです。リハビリは言語療法士、作業療法士、理学療法士の先生方がチームを組んで行います。

福祉施設の廊下

4)入院中の過ごし方のエピソード

【1】食事

私は当初嚥下障害がありました。そのため、固形物は病院が用意するペースト食のみ、水分は必ずとろみ剤の添加が必要でした。

先生が言うには、固形物より水分の方が問題で、場合によっては肺に入ってしまうとのことです。現在はほぼありませんが、退院時には少し残っていて、飲食には注意する様に言われました。

【2】トイレ

まず、ベッドからおりられない状態では、個室のトイレはおろかポータブルトイレも使えません。ではどうするか?

小はアソコに管をつなぎます。大は・・オムツです。はっきり言ってどうしようもありません、割り切るしかないのです。私はポータブルトイレの使用許可がでるまで絶食だったこともあり、オムツにすることはありませんでした。看護師さんはプロなので、まったく気にしませんでした。

【3】お風呂

安静時には数人の看護師さんが体を拭いてくれます。回復に従って、同じ階にあるお風呂(私はシャワーのみ)に交代で入ります。

5)退院後のリハビリ・通院

退院後も半年間リハビリで通院しました。基本的にすることは同じですが、言語療法と作業療法だけになり、理学療法は入院中のみ。

理学療法は基本運動ですが、言語療法と作業療法は、その名称だけからは想像しにくい内容もします。もっとも、どちらも内容は簡単です。言語療法はデスクワーク的な問題を解き、作業療法は手先の少し細かなことをします。

6)後遺症についてと周囲の理解

【1】私の後遺症の症状

私は運動機能的には、外見上分からない程度の後遺症でした。ただ左半身に感覚障害が残り、左下肢の痺れと熱い感覚が常にあります。外見上分かるものではなく、本人以外に理解するのは非常に困難です。

発症からもうすぐ3年たった今では大分慣れましたが、最初のうちはかなり辛かったですね。また、ウォーキング程度なら問題ありませんが、やはりそれ以上の運動は無理だと思います。

【2】リハビリ通院の理解

経験上、周囲からリハビリは治療と見られないため、休み辛いことがありました。「リハビリは重要」であることを説明し、理解を得ましょう。

【3】見えない後遺症

運動機能の障害は分かりやすく、理解も得やすいのですが、感覚障害などの場合見た目では分かりにくいため、必ず説明しておくべきでしょう。

まとめ

【1】原因は、私の場合は高血圧+α。ただし、高血圧でなくても発症の可能性あり

【2】恐らく前兆らしきものはなし、もしくは自覚できない

【3】意識不明にならなくても、記憶の欠落あり

【4】手術がなくても安心できない。安静第一

【5】リハビリは真面目に受けよう

【6】再発防止は生活、特に食事の見直し必須

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