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義父と同居を始めてから2年ほど経ったある日、右膝に痛みがある事が気になり始めました。当時は専業主婦で、家事のみの生活。特に思い当たる節も無く、過ごしていましたが、段々と日常生活でも辛いほど、両膝に痛みが出てきました。何故、右膝から始まった痛みが、最終的には左膝半月板となったのか。

私が体験した左膝半月板損傷の治療、闘病生活から現在に至るまでをお伝えし、同じ様な症状で悩まれている方々のお役に立てれば幸いです。

<プロフィール>

【ペンネーム】reina

【年齢(性別)】45歳(女性)

【発症年齢】31歳

【出身】愛知県

【肩書き】主婦・派遣社員

1)立ったりしゃがんだりが苦痛に!発症原因は?

夫と義父の三人暮らしでした。当時の私は、専業主婦をしていました。もちろん、主な仕事は家事のみ。運動も特に何もしていませんでした。当初は膝関節症と思われていました。膝の関節の間が狭くなる症状です。後々になって、半月板損傷と分かったのですが、原因は分かりませんでした。

よくよく考えてみると、前年にスキーで転んだ時に、膝をひねった事ぐらいです。ただ、症状が出るのに1年以上も経っていたので、原因としてどうなのかと思いました。後で、担当医に考えられる原因をお聞きしたところ、中学、高校とバスケットをやっていた事じゃないかとの事です。私たちの中高の部活は、今で言うスパルタの時代でした。うさぎとびや、スクワットなど、考えてみれば膝に負担を掛けていた時代。

担当医が言うには、学生時代の部活は、筋肉がまだ成長しきっていないところに、過度な筋トレ等で膝に負担を掛けていたので、年齢と共に「経年劣化」してきたのでは、との事でした。

2)半月板損傷と診断されるまで

【1】発症当時の状況

私たち夫婦は、義父と同居していました。主人は帰宅が遅く、毎日のように終電で帰ってくる様な生活。義父は、義母が亡くなるまで、家事を一切やってこなかった昔気質の人で、定年退職を終えてずっと家にいる生活。

更に、生活の時間帯も、私たち夫婦とはずれていましたし、主人と義父の好き嫌いが全く違うので、夕飯の支度をほとんど毎日2回するという生活でした。そんな中、炊事の支度をしようとしゃがんだ時に、まず右膝に違和感を感じました。日を追うごとに両膝が痛くなり、段々と椅子に座る際にも痛みが出るようになりました。

【2】発症当時の対応

当初は、違和感だけだったのが、段々と痛みに変わるにつれて、自分でも不安になり、当時はネットカフェで調べたりしました。一番近い症状として、膝関節症ではないかと、自分でも思いました。膝関節症とは、膝の関節の間にある軟骨が磨り減り、膝の関節が狭くなり、神経に触って痛みが生じるものです。高齢の方が発症しやすい病気でしたので、自分はまだ30代前半だったのもあり、「どうなのかな?」とも思いましたが、痛みが引くこともなく、むしろ強くなってきたので、中学の頃からお世話になっている総合病院の整形外科へ、診察しに行きました。

【3】膝関節症から半月板損傷と診断

病院に通いだした頃は、両膝というよりも、右膝の方が顕著に痛みがありました。レントゲンを撮ったところ、やや膝の関節が狭くなっているとの事でした。そこで、最初は膝関節症の疑いという事で、診察を受けていました。

3ヶ月ほど経った頃でしょうか、左膝も段々と痛くなって来た事を担当医に伝えました。左の膝外側の後ろ辺りを、医師が強く押さえると、激痛が走りました。そこで担当医から「半月板を痛めているかもしれない」と伝えられ、後日、精密検査と受けることになりました。

3)初めての入院生活

【1】病院の選択は?検査方法について

そこの病院は当時の住居からは遠い(市外)のですが、実家から近く、担当医が中学から見ていただいている方だったので、整形外科を受診する際には、そこの病院に行っていました。半月板損傷の疑いが出てから2週間ほど後に、精密検査をする事になりました。検査当日、私は一人で病院に行きました。検査の方法ですが、まず造影剤を膝に注射します。これがまた痛い。

液を入れていく時に、膝の辺りが膨らんでいくのが分かり、異様な感覚でした。造影剤を打った後、膝にタオルをぐるぐる巻きにされました。そこからレントゲン室まで移動しなくてはいけなかったので、造影剤が出てこない様にする為だったのかもしれません。レントゲン室に入ると、大きな窓の向こうに先ほどの医師がいました。台の上に乗り、医師の指示通りに、あっちを向いたりこっちを向いたりして、かなり色々なポーズをさせられました。

造影剤が入っているだけに、足が重く感じ、また痛みもあるので思っていたより辛かったです。更に、レントゲンを終えた後、造影剤を抜くのですが、この時もすごく痛かったです。そして結果は、左膝半月板が損傷しているとの事でした。写真を見せてもらったと思うのですが、あまり記憶に無いほど小さな傷だったのだと思います。当時言われたのが、「今すぐ手術が必要という訳ではないが、これから年齢を重ねる毎に悪くなるのは目に見えている。年を取ってから手術をするよりも、若いうちに手術をした方が予後も楽だと思う。」ということでした。最初は悩みましたが、結果が同じなら、リスクの少ない今のうちが良いと判断し、入院し手術を受けようと決めました。

【2】入院生活がスタート!内視鏡手術に

検査をしてまた2週間後ぐらいから、私の入院生活が始まりました。確か、手術をする前日からの入院だったと思います。手術の説明があるので、家の人にも来てもらうようにと言われていたので、主人と一緒に病院へ行きました。そして夕方ごろ、担当医師から手術の説明をする為に呼ばれました。ナースステーションでレントゲンを見ながら、手術の説明が始まりました。半月板とは、膝の関節の間にある軟骨で、ドーナツ型になっているそうです。

そのドーナツ型の外側に損傷箇所があるのか、内側にあるのかで手術の方法が変わるそうです。外側ですと内視鏡手術で済むそうです。内側ですと膝を切っての手術となるようでした。私の場合、見る限り外側にある様なので、「内視鏡手術」になりました。但し、実際に見てみるまでは分からない部分もあるので、その後切って手術となる場合もあるそうです。そして、最後に手術のリスクについてお話がありました。

手術するにあたり当然麻酔をします。その麻酔のリスクなどを合わせると、最悪死に至る可能性もあるとの事でした。私も主人も、手術に関しては初めてになるので、かなり不安になりました。ですが、担当医は笑いながら「飛行機が墜落するよりも遥かに低い確率だよ」とおっしゃって下さったので、少し安心しました。そして、同意書にサインをし、翌日手術をする事になりました。

カルテに記入をしているナース

4)初めての手術

【1】手術前

手術当日。その日の午後に手術が予定されていたのですが、朝から絶食でした。お昼ごろになると、下剤と浣腸でお腹の中を空っぽにしました。そして、手術室専門の看護士さんが迎えに来て、私はベットに寝た状態でそのまま手術室へと運ばれました。手術前の事は、これぐらいしか覚えていないです。手術中に何か起こるといけないので、身内の誰かが病院に着いていないといけないのですが、主人も母も来ておらず、不安になったのを覚えています。とにかく緊張と不安で、あまり手術前の事は覚えていないです。

【2】手術中

手術室に運ばれた私の目に一番最初に入ったのが、大きなデジタルの時計でした。時計というより、カウントダウンするものでした。担当医から、大体3時間ぐらいで終わると聞いていました。氏名、身長と体重の確認がされて、まず麻酔薬の投入です。ここの病院は麻酔科が無かったので、身長と体重で麻酔薬の量を決めていました。そして、打つのは手術する担当医です。私の場合は、内視鏡での手術となった為、下半身だけの半身麻酔で済みました。でも、これがまた痛かったです。脊髄に直接注射をするので、動かない様に看護士さんに固定され、腰の辺りに注射を打ちました。そして、大きなカウントダウンが動き出しました。

しばらく横になっていて、先生が時々足を触ったり、アルコールのついた綿を足にあててみたりして、麻酔が効いてくるのを待ちました。そして、感覚が無くなってから、すぐに内視鏡を入れる為の4箇所に小さくメスを入れ、内視鏡手術が始まりました。しばらくすると、助手に女医さんが来ました。まだ、3時間は経っていないのですが、何となく膝に違和感というか、膝の中を触られている感覚が出てきました。

ちょっと、顔をしかめていると、その女医さんが「痛いの?」と聞いてきました。そして、「痛いというか、何か触られている感覚が・・・」と答えると、女医さんが担当医に向かって「もう、麻酔が切れてきてるから、早くしないと」と言いながら処置をはじめました。さすがにこの時は、不安になりましたが、何とか無事に手術を終えて手術室を出ました。大きなカウントダウンは、3時間を過ぎていた様な気がします。

【3】手術後

病室に戻ると、母親が来ていました。どうも、私と入れ違いで到着したようです。点滴を付けて、いつのまにか尿を溜める袋も管でつながれていました。左足には、足の甲から太ももの真ん中辺りまで、ギプスが巻かれていました。麻酔をしたので、翌日の朝までは仰向けのまま、頭を動かさないようにとの事でした。

頭を動かしたりすると、吐き気などでとても辛くなるそうです。もちろん、夕食もその日は無しです。お水もあまり飲んではいけないと言われました。これが、非常に辛かったです。私は、元々腰痛持ちで、仰向けで寝ると腰が痛くなります。ですが、この日は横向きはダメと言われていたので、ひたすら仰向けで眠る事になりました。

案の定、朝方4時ぐらいだったと思います。腰が痛くて痛くて眠れなくて、どうにもたまらなくなり、ナースコールを押しました。駆けつけた看護士さんに、腰が痛いから横向きになっていいか訪ねると、「もういいよ」と、横向きになるのを手伝ってくれました。その時、初めてギプスの重さに気づきましたが、横向きになれた事で、ようやく安眠する事ができました。

5)リハビリについて

【1】ギプスのままリハビリ

手術して翌日ぐらいから、早速リハビリが始まりました。早すぎないか?と思いましたが、最近では、術後にすぐ動けと言われる病院が多いそうです。やはり、筋肉を動かさないとすぐに落ちてしまい、予後が良くないからだそうです。余談ですが、私の叔母も同じ半月板損傷を、私よりも15年前に発症しました。

その頃は、「動くな」というのが定説だったようで、叔母も動かさずにいたら、膝が曲がらなくなり、現在も完全に膝を曲げる事ができないでいます。ですので、術後にすぐ動くのには、やはり意味があります。ギプスが取れるまでは、病室に直接リハビリの先生が来てくれました。ベットの上で出来る、簡単な筋トレを教えていただき、これから自分でこまめにやるようにと言われました。

【2】2週間後に抜糸の日

ギプスで傷跡が見えていないので、自分の膝の状態がよくわかりませんでした。大体、2週間ほど経った頃でしょうか、抜糸をする事になりました。まず、ギプスを外さなくてはいけません。これには、電動のこぎりを使用し石膏の部分を半分に切ってしまいます。この辺りまでは、部活で怪我が多かった私にとっては、なんともありませんでした。ギプスを外すと、左膝に円を書くように、×印の様な糸が4ヶ所ありました。

それを、はさみで切りそのまま抜くのですが、これが地味に痛かったです。抜糸した後は、消毒をして、石膏の下半分で固定しテーピングの様な包帯をしました。よくよく見ると、左の太ももが右よりも2/3ほどになっていました。たった2週間ですが、筋肉の影も形も無いような姿になっていました。

【3】本格的なリハビリ

抜糸も終わり、翌日からリハビリ室で本格的なリハビリが始まりました。まずは、膝の曲げ伸ばしです。ギプスを取ったばかりですので、まず膝を曲げる事ができません。それで、ここの病院では、膝を曲げ伸ばしする機械がありました。これは、自分が曲げられる角度と時間を設定し、足を乗せて、機械の力で少しずつ曲げていくようにするものです。ちょっと無理すると痛いのですが、リハビリとしては足を乗せて置くだけですので、楽といえば楽でした。ただ、自分で設定しますので、痛い寸前で角度が止まってしまうのも事実です。

自分も、ある一定の角度で痛みが出てしまうので、それ以上曲げる事ができませんでした。大体90°ぐらい曲げられるぐらいでした。更に、ギプスが取れたにも関わらず、結構長いこと松葉杖を使っていたからなのか、左足首が固まってしまいました。巡回の先生にお聞きしたところ、大事にしすぎて自律神経がやられてしまったのじゃないか、との事でした。元々、足首が硬かったこともありますが、階段の上り下りが上手く出来ない状態でした。

膝と共に、左の足首もリハビリ対象となりました。膝を曲げる事が中々出来なかった私でしたが、巡回の先生に、思いっきり膝を曲げられました。物凄く痛かったのを覚えています。ですが、これが功を奏し、徐々に曲がるようになりました。膝は何とか峠を越えましたが、足首の方は、あまり元に戻らないまま、退院となりました。

6)闘病生活を経て感じていること

【1】日常生活

退院してからは、特に義父が何かと気遣ってくれました。トイレやお風呂に手すりを付けてくれたり、マッサージチェアを買ってくれたりと、色々と「あるといいな」と思うものを、用意してくれました。

また、洗濯物を干す時なども、庭に出るのに段差があるのですが、そういう時も義父が手伝ってくれたりと、今まで家事に全く手を出さなかった義父が、色々とサポートしてくれるようになったのは、非常に有難かったです。そういった中で、膝も完全に曲げられるようになり、正座も短時間なら出来るようになりました。ただ、足首の硬さだけは残っていて、階段の上り下りが特にきつかったです。階段で、これほど足首が重要だったとは思いませんでした。

【2】現在の状況は

現在、発症してか14年ほど経ちますが、正座も普通にできますし、足首の硬さも取れて、階段の上り下りも普通にできます。ですが、太ももの太さだけは左右若干違っていて、まだ左の方がやや細く、筋肉の量も少なく感じます。こればかりは、運動不足であるのが一番の原因でしょう。更に、当時よりも太ってしまったので、余計に膝に負担がかかってしまいます。これではいけないと思い、今ではジムに通うようになりました。

ジムでウォーキングをしていても、やはり左膝がやや不安定になり、痛みが出る事もあります。念のためサポーターをしてますが、一番いいのは、太ももの筋肉を付ける事です。リハビリの先生に当時言われたのが、太ももの筋肉を付けると、筋肉が膝の関節の上側を引っ張ってくれるので、痛みが生じにくくなるという事でした。ですので、太ももの筋肉をつけるべく、ダイエットも兼ねて、現在ではジムに通って元気に過ごしています。

7)同じ様な治療・症状に励んでいる方へ

私たちの年代では、中高の部活といえば、かなり厳しいものが多かったと思います。知らず知らずのうちに、膝に負担がかかっているかもしれません。大人になって、普通に過ごしていて、膝が痛いとなると、大体は膝関節症だと思うでしょう。ですが、私の様な例外もあるので、膝に異変を感じたら、まず病院へ行くことをお勧めします。また、膝が痛いというのを我慢してしまうと、あちらこちらに弊害が出てきます。

腰痛や股関節の痛みなど、やはり、知らない内に膝をかばっているので、二次的被害も出てきてしまうと思います。「足腰が大事」というのは、よく言ったもので、本当に足や腰を悪くすると、あっという間に動けなくなるので、大事にしていただきたいと同時に、鍛えていただきたいと思います。同じ症状で悩んでいる方や、治療中の方は、あきらめないで、甘えないで頑張って鍛えたり、リハビリをやり抜いていただければと思います。

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