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肺腺ガン・肺気腫・間質性肺炎。肺疾患の“3役”が揃い踏み!私の治療の実体験を今回のコラムで、お伝えをさせていただきます。現在は肺腺がんは手術で切除、他の2つとともに経過観察中です。

<執筆者情報>

【ニックネーム】susumu8

【年齢】74歳(男性)

【出身】新潟県

【肩書】無職

1)3つの疾患が同時発症?その原因は?

【1】肺気腫から間質性肺炎・肺腺ガンまで13年

平成14年夏。会社定年直前の人間ドッグ検診で初期の肺気腫(COPD)と診断されたことが始まりです。「タバコが主原因」が定説となっている生活習慣病で、肺胞や細気管支の破壊で呼吸がしにくくなるという高齢者に多い病気です。それから13年後。肺腺ガンと間質性肺炎併発を同時宣告されたのです。

【2】毎年の検査

W健診の継続が肺ガンの早期発見に定年後も週3日のアルバイト勤務をしていた会社の健康診断に便乗、胸部レントゲン検査を毎年続けていました。同時に「要精密検査」のドッグ診断を持ち込んだ自宅近くの病院でも毎年、X線またはCT検査で肺の経過観察してきました。この毎年継続してきたWチェックがガンと間質性肺炎の早期発見につながったと信じています。会社診療所から「右上肺野に不透過陰影有り」の所見とX線資料を持って病院に駆け込みました。

【3】原因はタバコだけ?

喫煙が原因の肺気腫は自分自身も納得です。何しろ成人前から喫煙を覚え、40年近く毎日2箱以上は消費していたヘビースモーカーでしたから。間質性肺炎も肺気腫に似て肺胞壁組織が炎症を起こし破壊されていくのですが、原因は喫煙にとどまらず、他の大気汚染物質、ウイルス感染、膠原病、放射線、薬剤などがあり、原因の特定化は難しいようです。逆に肺ガンの6割を占める肺腺ガンは喫煙との因果関係は薄く、女性ホルモンと化学物質による大気汚染が有力視されています。

2)肺気腫の進行がガンの前兆症状だった?

【1】空セキに嫌な予感

タバコは肺気腫が分かった時から止めました。しばらくしてセキ、タンは、ほぼ収まりました。ところが、駅の階段や傾斜のある道路などで、従前より早まった「息切れ」と「空咳」が気になりだしたのが、間質性肺炎とガンの発症が分かる1,2年前でした。肺気腫と加齢のためだと思っていたのです。

【2】“地雷”を抱え込んだ不安・恐怖感

ガンを切除手術以外の治療行為は無く、今はすべて「経過観察中」ですが、息切れは別としてセキもタンも小康状態を保っています。しかし、肺腺ガンの再発率は高く、また間質性肺炎は風邪などをきっかけに急性増悪を引き起こし、命取りにもなりかねないという“イヤな奴”だということが分かりました。不注意でいつ爆発するかもしれない「地雷」を胸に抱えている様で、とても不安なのです。

3)幸運だった病院選び

【1】自治医大さいたま医療センターへ駆け込む

肺気腫の発覚以来13年間、ずっと経過観察をWでチェックしていただいた会社診療所長と、自宅近くの病院担当医師の判断で、紹介されたのが埼玉県さいたま市の自治医大さいたま医療センターです。まずは精密な検査を受けるため、同医療センターに妻と一緒に訪れたのは、紹介から5日後のことでした。

【2】間質性肺炎併発の肺がん手術は難手術

間質性肺炎は紹介された同センターでの精密検査で結果的に分かったことですが、これを併発する肺がんの手術には全身麻酔時の酸素量調整や手術時間は出来る限り早く終えることが要求され、難易度が高い手術であることが分かりました。同センター呼吸器外科には、そうした併発患者が手術のために他病院から転院して来る例も少なくないといい、結果的にはとてもラッキーな病院選択をしていただいたのです。

【3】5日間の検査通院。肺機能検査95歳の結果にギョッ

平成27年7月1日からセンターへ延べ2週間で5日通院、様々な検査を受けました。最初に、会社診療所で前月に撮ったX線写真とCT、市内病院での前年、前々年分CT資料を持参。同センター呼吸器内科医師の丁寧な問診のあと、血液、喀痰検査です。以降、簡易肺機能検査では「95歳相当」の判定に驚き、肺の内部組織に触れるのが分かる肺内視鏡検には辛い思いをしました。ガン転移の可能性を調べるためのPET-CT検査もありました。

【4】ガンの宣告には意外と平静

検査結果を妻と2人で聞きました。「残念ですが、ガン細胞検出されました。肺腺ガンです」「肺気腫と間質性肺炎の併発もあります」「ガンは初期ですから、手術が十分可能でしょう。早く見つかって良かったですね」手術、抗がん剤、放射線がガンの標準治療と言われます。なぜか、気持ちのどこかである程度の覚悟をしていたからのか、切除手術で対処可能と知ってホッとしたのか、「ガン宣告」にも気持ちは意外に平静でした。同席した妻の顔もまた落ち着いた様子でした。

4)手術&入院へ

【1】ステージ1:浸潤なし・転移なし・手術は胸腔鏡

呼吸器外科医師から、外科対応の説明を受けたのは、同内科で宣告を受けて5日後。説明の大要は次の通りでした。ガンの場所は右上肺野、大きさは4センチ程度で進行ステージは1b、周囲への浸潤なし、転移なし。念のため(ガン移転が最も早い)頭部のMRI検査、手術は胸腔鏡で対応、念のためリンパ節切除――。さらに手術に備え、肺機能、心臓超音波、胸部造血剤CT等の検査を経、入院したのは8月10日。会社の健康診断で「精密検査」の指示が出て1月半、自治医大さいたま医療センターに駆け込んで40日目でした。「発見しにくく、進行が速い。見つかった時には転移が進んでいるケースが多い」という肺腺ガンですから、「早期発見 早期治療」に、これもまたラッキーなことでした。

【2】入院後1週間は「間質性肺炎」の対応

手術前の肺の安期間で、タンを出易くするための吸引を昼、夕の2回、抗生物質のクラリスロマイシンを朝1錠服用。これが入院1週間の日課です。この間、執刀医、麻酔医からのインフォームドコンセントの中で、間質性肺炎の怖さを初めて知ったのです。手術中に急性増悪を発症する可能性は10パーセント、その40~50パーセントが呼吸不全に陥るというのですから。

【3】手術日は誕生日の翌々日でした

手術に不安はありましたが、もう、まな板の上の鯉。お医者さんにお任せするしかありません。その日17日は、私が73歳を迎えた2日後でした。当日の午前、呼吸器外科の教授,以下、准教、講師、助教の同科スタッフがそろって回診してくれました。手術開始予定が大幅に遅れ、午後4時に始まって同7時終了。

胸腔鏡を入れるため、右肺の幹部周辺に5か所の穴を開けました。術後の安静室を訪れ、「間質性肺炎も暴れることなく、すべて順調に終りました」と報告する執刀医に、私は感謝の言葉を述べつつ、心の中で手を合わせました。それにしても「中央手術室」と呼ばれるエリアには手術室がズラリと並び、まるで地下要塞のような異様な光景に驚かされました。私のその中の12号室でした。

5)術後の入院2週間はたちまち

【1】肺疾患“3役”の様子を経過観察

翌日朝の回診で、①通常、ガンの手術後に行う放射線or抗がん剤投与は、間質性肺炎を悪化させる恐れがあり行わない②肺気腫、間質性肺炎とともに経過観察を続け、症状の変化、進行度に合わせて医療対応をする――という今後の治療方針が示されました。

【2】体のパイプは4日で取れて

術後4日ほどで点滴、心電図、体液除去管などが取れて身軽になり個室から相部屋に、食事もベッドから食堂へ、シャワーも自由という入院生活に代わりました。吸入、痛み止め、感染防止薬の服用など術後対応措置や、体調管理のための検温、採血、CT、X線検査、リハビリを兼ねた院内散歩などもでき、2週間はたちまち過ぎました。術後すぐに鎮痛剤や睡眠薬を服用しましたが、ホンの一時的で苦痛というほどでもありませんでした。

6)そして退院

【1】心強かった家族のサポート

手術前後を通して3週間、全体を通して心穏やかに入院生活を過ごせたのは、医療設備 スタッフの充実した体制とその親切な対応が第一だったでしょう。同時に、いやそれ以上に家族の厚いサポートを見逃せません。一歳年上の妻は電車、バスを乗り継いで、毎日欠かさず病室を訪れて面倒を見てくれました。2人の息子も家族ともども交代で、手術直前の誕生日には孫が手紙と絵を携えて見舞ってくれました。手術の不安を家族の温かさが封印し、その後の順調な回復にも確実につながりました。手術を機に仕事から完全に離れました。それでも同僚から励ましのメールが届き、心和みました。

【2】締めていくらかかった?

高齢者医療制度の恩典や高額医療費の還付などがあって、詳しい計算は分かりませんが、手元に残る資料では、実際の支払額は退院時に約12万円、通院検査の合計が約6万円。医療費の実額はこの何倍、何十倍にもなるのでしょう。保険制度の有難さをツクヅク思い、同時に恐縮しています。

7)戦いは続く・・その戦術は?

【1】定期的な検査

インフルエンザ予防接種を年2回、同センターに3月に1度通い、血液と胸部のCT検査を続けています。影像も血液数値も異常な変化は無く安定を保っています。しかし胸部の疾患には風邪、インフルエンザなどは絶対禁物。即、急性増悪や肺炎に直結します。乾燥期の冬は厳重注意のシーズンです。このため、退院直後の秋には肺炎球菌ワクチンを接種、インフルエンザ予防ワクチンも有効時間を長く保つため毎年2回射っています。外出時のマスク、手洗いの励行は当然のこと。

【2】生活習慣の重要さ

生活習慣の基本は食事と栄養肺気腫の喫煙以外、原因は多岐にわたり特定できません。しかし生活習慣がどれにも深く関わっているという見方は確かのようです。そのベースにある「食事と栄養」は深く大きなテーマです、完全に追い切れるものではありませんが、心掛けだけは必要でしょう。食事は生活の中の大きな楽しみです。無理な食事療法は問題ですが、以下の程度は実行しています。・採食を重点に時々の雑穀飯・朝と夜のスムージーづくり・サプリメント(ミドリムシエメラルド・ユーコネクト社)服用・ミネラルウオーター(サントリー南アルプス天然水)飲用・料理油のオリーブオイルから亜麻仁油への切り替え

【3】スボーツジムと野菜作りでデトックス(解毒)

医師からは「通常の暮らしぶりを」と言われています。自宅近くに手術後たまたまオープンしたスポーツジムに週3、4日通って楽しんでいます。また定年後に10坪ほどの農地を借りて置いた家庭菜園も再開、季節に応じた野菜作りにを楽しんでいます。何れもそこで流す汗が、体内の有害物質を排出する解毒作用に少しは効果があると信じています。

まとめ

【1】 定期健診は早期発見・早期治療の入り口

病気は完全に防げるものではありません。「招かざる客が」が体内に入っていたら、いち早く発見、治療する 。これに勝る対策は無いでしょう。そのためには定期的な健診が絶対に欠かせません。 勤め先でも、地域でも検診の機会はいつでも身近にあります。

【2】 正しい知識と情報でガンと戦う希望を

病気の進行程度はどうであれ、「ガン宣告」はやはりショックです。私の場合、「初期」だったこともあって意外に冷静に受け止めることができましたが、不安、恐怖に襲われる人も多いはずです。そんな気持ちを克服し、ガンと戦う上で最も大切なものは「希望」だと思います。落ち込んだ自分を克服し希望に繋ぐには、「正しい知識と情報」が強い武器になると信じます。今や情報時代。胸部疾患に関する情報も専門医師、専門医療機関の書籍やインターネットにあふれています。その中から冷静に、目前の困難を乗り越えるための道筋(希望)を見出すことです。

【3】生活習慣を見直し。まず禁煙!

肺に限らず、後天的な内臓疾患は、そこまで生きてきた生活の習慣に起因しているものが多いのです。私の場合、主治医は「喫煙が原因で肺気腫、そこから間質性肺炎、肺腺ガンが誘発された」と見ています。タバコをやめたのは、肺気腫の兆候が出て医師に強く注意されてからでした。それまで禁煙、節煙に何度挑戦しては敗れたことか。自律心の弱さに呆れさせられました。食生活、睡眠、入浴、運動・・・。ジックリ反省し、見直すべきところがあれば直しましょう。長期間つづけて服用している薬にも間質性肺炎の副作用のあるものが多ことを医師に聞きました。私はやはり長期に肝機能の薬を服用していました。そのメーカーのホームページで、その副作用があると知り直ちに服用を止めました。肝機能の数値はなぜか好転しました。

【4】家族がひん繁に通える病院選び

手術入院する病院は、紹介する医師から希望を聞かれるでしょう。紹介先病院の規模や医療実績、スタッフの充実度などを第一に考えるのは当然です。が、「自宅から容易に通えるかどうか」「交通の便はどうか」も病院選択の条件として大切です。私の入院先は交通に便利でJR、バスを乗り継いでも自宅から30~40分程度。妻は毎日、子供、孫たちもひん繁に見舞える立地でした。家族の支援、サポートは入院時だけでなく、退院後も欠かせない特効薬だと信じています。

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